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東京高等裁判所 昭和28年(う)2654号 判決 1954年11月30日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意及びこれに対する答弁は、末尾に添附する静岡地方裁判所浜松支部検察官高井麻太郎名義の控訴趣意書及び被告人志水正義弁護人石塚誠一、同立花喜代二弁護人山根七郎治各名義の答弁書に記載してあるとおりである。株式会社は、資本を中心として構成せられる物的会社であつて、その資本こそ株式会社の信用の基礎をなし会社債権者に対する唯一の担保であるから、株式会社においては先ず資本が確定されることを要しかつ常に充実されなければならないことは言を俟たないところである。しかるに近来巷間にしばしば株式会社の設立に当り、いわゆる「見せ金」によつて設立を講ずる場合がある。即ち株式会社を設立するにはその設立登記をなすことを要し、これが登記には株金の払込を完了して銀行又は信託会社等の金融機関において交付する払込保管に関する証明書を添付しなければならないことを法律により厳に定められているため、真実株金の払込をなさずしてその設立登記が完了するまで恰もこれが払込があつたかの如く作為するものである。かくの如きは実質的には当初から、会社の資本ではないのであるから、株式会社の資本充実の原則に背馳することは勿論、これがため不健全な株式会社が濫立し、経済取引の安全を阻害すること甚しきものがあるので、商法は第四百九十一条に規定を設け、株式払込を仮装するための預合に対し厳重な刑罰を科しているのである。

元来預合という語句は経済界における俗語ともいうべきものであつて、これを法律用語に転用したのであるから、その法律上の概念は甚だ瞹眛たるを免れないが、結局その意味は、相手方と通謀して若しくは相互にその情を知悉しながらなす仮装行為を汎称するものと解する、従つてその一態様である株金の払込のための預合とは、株式会社の発起人(又は取締役以下同じ)が、金融機関の役職員と通謀し若しくは相互にその情を知りながら、真実会社の資本とする意思がないのに拘らず、単に設立登記をなす手段方便として、その登記が完了するまで恰も資本とするためになすが如き払込の事実を作為する行為を指称するものと解する。例えば、発起人が真実会社の資本とする意思がないのに拘らず、金融機関の役職員と通謀し若しくは役職員においてその情を知りながら、発起人と金融機関との間に払込金と同額或はその一部に相当する金額につき貸借契約を締結し、金融機関はこれを発起人個人の預金口座に組み入れた上これを株金の払込として会社発起人の預金口座に振り替え以て帳簿上株金の払込を完了した如く作為し、次いで金融機関は保管に関する証明書を交付し、これによつて設立登記を完了するや該金員の払戻を記帳して決済するが如き場合或は前記の如く通謀し、若しくはその情を知りながら、発起人の有する当該金融機関における預金を払込金に振り替えて前記の如く払込完了の事実を作為し、登記完了後これを旧に復するが如き場合をいう。

検察官は、株金の払込は発起人その他株式引受人において各自がその株金に相当する金員を出捐することを要し、これなきときは即ち払込を仮装したものであると主張する。株金の払込は通常の金銭債務の履行の場合と異り、株式会社の資本団体たる性質よりして金銭をもつて現実になすことを要することはその所論のとおりであるが、商法は払込義務者が各自それぞれ払込取扱場所に到つて自ら現金の授受をなすことまで要求しているものとは解されないし、又払込の用に供する金銭は自己が現に有する現金たると(小切手を含む)将又金融機関より借り受けたものであると或はその預金たるとを問わないから、発起人の一人が他の払込義務者の払込義務を代つて履行したからとて又は現金の出捐をしなかつたからとて、これを以て直ちに払込がなかつたものということを得ない。

弁護人は金融機関が手形貸付の手数料、貸付金に対する金利を徴収している以上預合ではないと主張するが払込の用に供する金銭は前記の如く自己が現に有する現金たると又は金融機関より借り受けた金員たるとを問わないのであるかは、払込義務者が払込のために金融機関より借り受けた金員たるとを問わないのであるかは、払込義務者が払込のために金融機関より借り受けた場合には、その貸借は正規の貸借契約に基くものであるから、金融機関は貸付金利或は貸付の手数料等を徴収するべく従つて仮りに所論の如く金融機関が金利手数料を徴収したからとて、そのことのみで直ちに預合でないとの証拠とすることはできない。何となれば預合であるか否かは、真実会社の資本とする意思を以て払込完了の事実を現出するか否かによつて定まるものであるから、仮りに所論の如く金融機関が金利手数料を徴し、従つて金融機関からの借受行為が真実のものであつたとしても、それのみで資本とする意思があつたものと結論することはできないからである。

結局被告人等が預合をなしたか否かは、被告人等が通謀し若しくは互にその情を知りながら真実会社の資本とする意思がないのに拘らず資本とするためになすが如き払込の事実を作為したが否かによつて定まるものというべきである。

しかして本件起訴にかかる公訴事実の要旨は、被告人志水は他の六名の者と共に発起人となり株式会社の設立を企図し定款を作成したが、発起人、株式申込人等においてその引受けた株式の払込をしなかつたにも拘らずその払込を仮装して設立登記を完了する目的で、昭和二十五年四月二十三日頃静岡銀行相生支店において被告人立花にその情を打ち明け、会社の設立登記が完了するまで右会社の株式払込金に充当するため個人名義の約束手形で百万円を右銀行から借り受けたき旨申し入れ、同月二十六日志水振出の約束手形にて百万円の手形貸付を受け、同日その借入金を発起人総代志水正義名義の別段預金口座に振り替え同日立花から払込金の保管に関する証明書の交付を受け、同年五月八日設立登記を完了した。しかして同月十一日右別段預金を会社名義の当座預金に振り替えた上同日会社名義の小切手四通を以て先きの手形貸付債務を決済し、以て株金の払込を仮装するための預合をなし、被告人立花は前記相生支店員であつたが、前記の如く志水からその情を打ち明けられてこれを承諾し、前記の如く払込を仮装するために手形貸付をなして発起人志水の別段預金口座に振り替えた上保管に関する証明書を交付して前記の如く志水をして設立登記をなさしめ以て預合に応じたものであるというにある。しかして右公訴事実中被告人志水が他の六名の者と共に発起人となり、株式会社の設立を企図し定款を作成したこと、被告人立花は、志水に対し四月二十六日志水振出の額面百万円の約束手形を以て静岡銀行相生支店より百万円の手形貸付をなしたこと、同日これを発起人総代志水正義名義の別段預金口座に振り替えたこと、志水は同日右銀行から払込金保管に関する証明書の交付を受け、五月八日設立登記を完了したこと、同月十一日右別段預金を会社名義の当座預金に振り替え同日会社名義の小切手四通を以て決済したことは記録に現われた証拠及び押収にかかる証拠物(帳簿、伝票等)によつて認めることができるから、被告人両名の右行為は恰も払込を仮装するため通謀してなされた行為であるかの如く観られないでないが、被告人等が通謀して真実会社の資本とする意思なきに拘らず恰もあるかの如き払込の事実を作為するためになした行為であることを認めるに足る証拠はない。尤も記録中にこれに照応するが如き供述を内容とする供述調書も断片的に散見していない訳ではないが、これらは凡べて輙く措信し難く、その他全記録を調査するもこれを確認するに足る十分な証拠はない。結局本件は報告事件について犯罪の証明がないときに該当するから、原判決がこれと同旨の理由によつて被告人等に対し無罪の言渡をなしたのは相当であつて、原判決には所論の如き法令の適用を誤つた違法はない。

(裁判長判事 大塚今比古 判事 三宅富士郎 河原徳治)

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